人をうらまない

人を恨まないこともまた、心をすみきった、きれいな状態にするためには大切なことだ。たとえどんなに酷いことをされたとしても、たとえ全く自分に非がなくとも、人を恨むものではない。人を恨んでも、何も解決できない。恨むという感情は自分で自分を焼き尽くしてしまう。心は荒廃し、日々の生活で起きることも荒んだ解釈になっていく。人を恨んでも何も生まない。酸のように心結を溶かしてしまうのだ。だから、嫌なことがあったら、すぐに許すこと。許した上で自分に至らないところがなかったかを冷静に顧みて、自分に非があれば素直に改めていればよい。こういう人と深入りすると、こんな目にあうのだな、と人を見る目を養うのも賢くなっていい。

心の倉庫には肯定的なものだけを入れる。

心の倉庫には肯定的なものだけを入れる。そのためには、普段から言葉を前向きなものにすることだ。前向きなことばというのは希望がある言葉、明るさを感じる言葉、勇気のある言葉のことだ。言葉を希望、明るさ、勇気に満ちたものにするだけで心にはすみきった、気持ちのよい要素しか入らないようになる。また、言葉が希望、明るさ、勇気に満ちていると不思議と回りに明るい、希望と勇気に満ちた人が集まるようになる。そして、ますます希望と明るさと勇気に満ちた生活になる。いいスパイラルができるようになる。

人に簡単に同情したらだめだ

外側の情報をしっかりと吟味して受け取ろうとすると、人の不幸、愚痴、不平、不満に簡単に同情したり、一緒になって、怒り、悲しみ、苦しんではいけないこともわかるだろう。不幸なことがその人に起きたって、不幸には意味がある。何かその人に悟らなければならないことがあるのだ。それを一緒に不幸に吸い込まれてはいけない。決して同情してはいけない。その人が不幸なことを糧に喜びに振り替えられるように粘り励ます。それが実は自分の心を否定的なものに包み込まれない、幸福に包まれるための心の持ち方なのだ。

自分で選んだ道の蓄積であなたの人生ができるのです。

自分で選んだ道の蓄積であなたの人生ができるのです。誠実な道を選ぶ人は耐えず誠実な道を選び、やがて誠実な人間に囲まれて生活し、誠実な顔になる。卑怯な道を選ぶ人は耐えず卑怯な道を選び、やがて卑怯な人間に囲まれて生活しますます卑怯な顔になる。誠実な道を選んでいるのに卑怯な人間になることは決してない。また、卑怯な選択をしているのに誠実な人間になれることも決してない。だけれども、いつでも人は変わることができる。今までどんな生き方をしていた人間でも、たった今から選び方を変えれば、変わることができる。遅すぎるということはない。たしかに、今までのことは変えることはできない。だけれども、今からのことは変えることができる。逃げ続けた人も、たった今から挑むみちを選べばいい。卑怯な選択をしていた人も、たった今から誠実な道を選べばいい。楽な道を選んできた人も苦しいが実りのある道を選べばいい。

骨休み

落ち着く。心が和らいで、ゆったりした、とてもいい気持ちだ。ようやく、神経が通常に戻ったんだな。このまま、春の日差しを浴びて、この気持ちのままでいたいな。

苦しい道と楽な道があれば苦しい道を選ぶ。

苦しい方と楽な方のうちどちらを選ぶか決めるときは、苦しい方を選ぶ。楽な方を選ばない方がいい。楽な道を選ぶと後悔することが多い。何の経験にもならない。苦しい道を選ぶと課題をクリアするために考え、行動しなくてはならない。考えることで智恵がつく。また、決断することで勇気を得ることができる。行動することで結果にたいして責任を負うことができる。経験が財産になる。何かにチャレンジするということは智恵と勇気、経験値を積むことなのだ。苦しい道と楽な道があったら、苦しい道を選ぼう。

意識の差が結果の差を生む。

たしかに、能力というものはある。環境によって左右される面も、人生にはある。だが、たとえ能力や環境は自分で選ぶことができなくても、自分の、自分自身の意識だけは自分で選ぶことができる。どんなに理不尽な生活に追われていても、そのまま流されて落ち続けて行く道を選ぶのか、それとも、一歩でも前進する、いや、踏みとどまって前進する道を探ることを選ぶかは、実は誰からも拘束されない、自分だけが選ぶことのできる権利なのだ。そうだとすればたとえどんな状況にあろうと、踏みとどまって前進する道を探ることを選ぶことが充実した人生を生きるための確実な方法だ。

人生は苦しいものだという認識をしっかりと持つ。

人生は無常である。片時も同じ状況はない。いくらうまくいっていても、いつかは終わりが来る。また、いくら苦しくても、その苦しい時も終わりが来る。これでいいということはない。絶えず、変わっていく。だから、人生は変わっていくことが当たり前だ、平和がいつまでも続くものではない、いつなんどき何が起こるかわからないものなのだという認識をしっかりと持つことだ。そうすると生活が安定していると、ありがたいことだなと感謝できる。世の中が平和なら、平和なことが当たり前なのではなく、ありがたいことだなと思えるようになる。

耐えに耐えに耐える

どんなに華やかな仕事でも、その影には膨大な忍耐が心の奥の奥に横たわっている。結果を出すのは一瞬だが、その背後には何度も何度も、もうだめかな、という時がある。人はいつもいつも調子がいいわけではない。なんとなくやっているだけというときもある。そこに忍耐がいる。もうだめかな、というときでも何度でも何度でも這い上がっていく。何回も何回も飛んでみる。その時すぐにできるわけではない。それでも、ある時すっと、というか、スルスルスルっと上に上がれる時がくる。一度上に上がるとそのあとはしばらく、上昇し続けることができる。そして、また壁に突き当たる。その繰り返しなのだ。どんな華やかな仕事でも、その影には膨大な忍耐が横たわっている。

やっときちんと育てられる。

中学受験もこれで終わった。生徒の入れ替わりも一段落着いた。これでやっと人をきちんと育てられる。新人をきちんと育てると楽しい。これがプロなんだよ、っていうレベルをひとつずつ、ひとつずつ教えていく。始めにきちんと教えないといけない。中途半端に教えないほうがいい。ほんの少しずつでも、しっかり出来るまで教える。このレベルがお金をいただける水準なんだというのを徹底して教えるのだ。始めに月謝をいただけるレベルをわからせると、途中苦しくてもそのレベルでやり続けることができるのだ。こんなものでもいいかな、というレベルで許してしまうと苦しいときに、まあいいかと妥協させてしまう。だから、きちんと育てる。やっと人をきちんと育てられる。うれしい。